2009年02月11日

市長選、県議補選、自民勝つ     2月9日(月)

  昨日行われた福岡県福津市の市長選挙、県会議員 補欠選挙で両方とも自民、与党系が快勝しました。先週の北九州市議選などを受けて自民党苦戦の予想が一般的で、出口調査でもまだ劣勢といわれていたのがそれを跳ね返しての2勝ということだから、その意義は大きい。私の隣接する選挙区で自民党の底力を見せつけたわけで、これを党勢の反転攻勢にできれば陣営が大いに盛り上がる。なまじの報道に惑わされることなく、必勝の体勢で臨むことが大切。

  「北方領土返還、福岡県民大会」が行われた。あいさつで私が言うことはいつも同じ、国民運動をいくら広げても効果はない、ロシアに対して直接行動を取らなければならず、その相手はモスクワにいるのであって、北方領土などの辺境にはいない。今回のビザ問題などは当方全て正しいことをしているのであって決して妥協してはならない。外交交渉を急げ、さもなくばロシアの既得権化が進み、かつ中韓、米加などの第三国が海域、領土に権益を広げつつあり、交渉が1日おくれれば取り戻すのに倍(2日)かかる。結局、外交であり、政治闘争なのだ。

  

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2009年02月11日

麻生首相、郵政発言の困惑       2月8日(日)

  麻生首相が郵政問題に関連して予算委員会で「4社分割を見直して3分割にすべき。郵政法案の時は担当大臣でなく、自分は本音は反対だった」とはっきり言った。この発言はかなり深刻で言い間違えとか内容がぶれたなどとは質が違う。まず分社化を4とするか3とするか、実は私も当時から4社にする合理性がわからず最後まで3社にすべしと主張したが入れられなかった。見直し時期の今、 それを議題にするのは間違っていない。ところが現実にはすでに4分社で3年以上動いてきただけに、改正まで出来るかどうかはかなり疑問。
  「反対だった」発言は大問題。時の閣僚があの法案に反対だったとは口が裂けても言ってはいけない。個人としての意見と閣僚としての公の行動とに仮に違いがあっても公が優先するに決まっている。あの時私はこうだった、などと最高の責任者が口に出すと、国の全ての決定が不安定なもの、また覆るのではないかという危惧と不安感を国民に与えることになる。麻生氏は自分に正直なところがあり、本音をはっきり言うことで逆に信頼を勝ち得てきたところがある。一方、余り本音ばかりをいうとものごとが纏まらないため政治家はさりげなく本音と建前を使い分ける習癖を持っておりこれこそ政治の技術というもので、ましてや責任を他人に振るような愚は決して冒してはいけない。
  麻生首相は一層慎重な態度、発言をしなければならず、これが続発するとその発言が本当に命取りになりかねない。もしかしたらその時期は刻々と近づいているかもしれず、側近たる我々が余程カバーしなければならない。
  

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2009年02月11日

「政治家の妻」の死          2月7日(土)

  武藤英治県会議員(自民党、福岡市当選7回)の夫人が急逝されてその葬儀が行われました。2000人を超す会葬者で故人の遺徳の大きさが偲ばれます。食事中に異変が起きそのまま帰らぬ人となられた由。お腹に子供を宿し、次には乳飲み子を抱きながら、ある時は熱暑の中、ある時は寒風すさぶ壇上で、自分を守りぬい てくれた「最大の同志」。武藤氏は「お礼の言葉」で長きに政治活動を支えてこられた夫人への感謝、万感と無念さを淡々と語られました。政治家であろうとなかろうと人々が思う妻への気持ちとして皆が涙しました。享年55才。ご冥福をお祈り致します。
  

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2009年02月11日

議員の『品格』           2月6日(金)

  昨日は大宰府天満宮宮司さんらをお連れして総理官邸に赴き、紅白梅を麻生総理に献上しました。既に恒例となっている「梅の使節」ですが、丁度国会予算審議の最も難しい時期だけに献上する側も励ますことができたと報われる気持です。麻生総理は福岡の地元だけにひとしお寛がれる雰囲気でした。

  その衆議院予算委員会でこのところ民主党議員のことばが荒れている。「詐欺」、「税金泥棒」などと喩えの表現ではあろうけれど、一国の総理に言うべきことばでは絶対にない。今民主党は上昇中かどうか、いささか上ずってことばも昂揚している。総理も閣僚もここで反論して物議をかもし、委員会が中断でもしたら困るので「忍の一字」。
  今日地元の会合で、ある年配女性に注意をされた。あれは見逃してはいけない、政策とか答弁とかの問題以前であって、国民が政治家を嫌いになる、尊敬しなくなると。私もそう思ったし、党本部役員会で懲戒処分にすべきだと発言もしたが今は我慢の時だ、と先輩議員に諭された。国民はしかし、われらが頂く総理大臣をそこまで足蹴にされて悩まないのか。私なら、答弁台からでも、君の言葉は卑劣極まりない、謝罪して取り消せ、さもなくば一切回答をしない、何故なら私は全ての国民の代表としてここに立っているのだ、と言い切って退席する。
  政治家の仕事、政策遂行以上に大事なこと、それは「政治は最高の道徳」ということを身をもって実践することではないか。
  

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2009年02月11日

『電子投票法案』、今度こそ       2月4日(水)

  昨年6月、通常国会も時間切れで廃案となった「電子投票法案」が再び蘇ってきました。電子投票とは選挙の投票に当たって自書するかわりに電磁式(タッチパネル式)で行なう方式で、一見難しいようですが鉄道駅で切符を買う時、銀行のATMといわれるコンピューター機器で金銭を出し入れする時などと同じで、そのやりかたは情報化の今日、もはや社会生活の一部ともなっています。既に地方選挙では平成14年から導入されており実施例も20回に及んでいますが、国政選挙では未だ導入されてない、同じ選挙(投票)をするのにある時は自書式、ある時は電子式というのも不都合な話で、実施自治体からは早く国政選挙への導入を急いで欲しいという強い要請を受けている のです。
  電子投票には様々なメリットがあります。開票事務が極めて迅速になること、あいまい票がなくなること、障害者高齢者にとって便益となること、世界的潮流で今や7,80カ国が導入していること、機器代は必要だが人件費の節約など中長期的には経費削減になることなど。選挙投票という民主主義の根幹を管理するのですからその安全性、正確性、信頼性などは絶対のものでなければならず、地方選挙の実施例、経験則からみて今や国政導入への信頼性は一応確立してきたといえます。
  法案の処理には未だ多くの課題が存在し、党内、又各党にももちろん積極派と慎重派がおり出来るだけ全ての人が納得することが望ましく、我が党内にも慎重な人々がまだ大分おります。縁あって私は4年以上、このプロジェクトの責任者をやっており自らは専門家になってきたのですが疑問や不安を持つ議員諸君には丁寧な説明と粘り強い意見調整を心がけています。この忙しい国会でなんとか成立させたいものと執行部で考えています。
(日記 平成20年11月30日参照)
  

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2009年02月05日

「定額給付金」、準備でアイデア競争   2月3日(火)

  国民全てを対象に一人1万2000円(高齢者、幼児などは2万円)、トータル2兆円規模の定額給付金については、予算措置は終わったがその歳出根拠たる法案は参議院で吊るしたまま、民主党野党が徹底した審議拒否でその成立は大分先になりそうです。一方、事務手続きがかかるので、各市町村の準備作業は急ピッチで進み始めました。
  この制度、甚だ評判が悪いことになっていますが、私達の地元を歩く肌感覚では必ずしもそうでもない、早く実施してくれと促されることも非常に多く、野党の対応に批判の声も向けられます。地方分権での市町村の力量を試す観点から各自治体がアイデア競争をし始めた感もあり、クーポン券を抱き合わせて支給する所、沖縄の各議会に至っては定額給付金で沖縄旅行をするようにと全国に呼びかけることなどユニークな構想が出ており、多少の遊び心をいれるとすっかり盛り上がり、これは意外に面白い景気対策の柱になるものと実感しています。
  私は聞かれれば「感謝の心」をもって受け取りそれを地元ですぐさま使わせて頂くことにしています。国を立て直そうとする思いが大切で、金額の多寡ではない、実際にはその金額を越えて使うであろう。テレビや識者の中には反対と言う人もいますが、こういう人が前向きになってくれれば国民全体が明るくなり、景気浮揚効果も大きく期待されるというものです。(日記 1月12日 参照)
  

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2009年02月04日

北九州市議会選挙、苦杯       2月2日(月)

  昨日の北九州市議会選挙は自民党がやゝ一人負け的な結果でした。議席数では少し減、得票数ではかなり民主党に差を開けられたという印象で、負けは負け、しかしもう少し酷いかと危惧していましたが寸でのところで踏み止まったと言ってよい。中央政界にどう影響するか、一地方の選挙といえるかもしれないが、麻生氏の膝元でもあり、また我々福岡県勢にとっては結構深刻な事態であって衆議院解散と密接に関連するだけにこれからの政治の動きが特に気になるところです。まずは粛々と予算国会を上げることで「責任与党と無責任野党」の違いを明確に提示して反転攻勢を図ることが大事で、その上で国会改革、行政改革など思い切った政策提案をすることが必要かと思います。「忍の一字」の期間が長く続いていますが、これきしの苦労で音を上げるわけにはいきません。

  大阪の橋下知事が就任1年になるという。この人くらい予想を超えて頑張っている人は余り見ない。パーフォーマンス だけで直ぐに潰れるのではと危惧をしていたが官僚と闘うという明確な方針を持っていること、小泉改革ばりの民心を力の直接的根源としていること、その発想と実行力は大したもので、若いこととなまじ組織の経験がないことが幸いしている。かくなる上はこの勢いをこれからも持続して政治家の新しいモデルを確立して欲しい。
  

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2009年02月02日

『正しく、強く』、新春決起大会    1月31日(土)

 「新春決起大会」と銘打って恒例の大会を開催したところ、2000人にも達する、大会場溢れる多くの方々が集(つど)って激励を頂きました。有難くも時節柄皆様大変心配して駆けつけて頂いたものと、そのご期待とご支援の大きさに身の引き締まるものを覚えます。『圧勝する』という目標を明確に掲げて闘っていますが内心は危機感の塊です。あらゆるお願いと運動、決して諦めない忍耐力でもって陣営一丸となったとき初めて達成できる大目標であって、些かの緩みも些かの弱みも見せてはなりません。「思うこと、信念をひたすら正しく訴えれば必ずその真心は天に通ずる」として『正しく、強く』の本意も説明致しました。
  まつりごとは終わりました。再び地道な活動が始まります。黙々と、ただ黙々と訴え続けるだけです。原田、立つべし、原田、立たずして誰が国とこの地を守るのか。自分でも次第に高揚してくるのが分かります。
  

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2009年02月02日

死刑制度に思う          1月29日(木)

  今日の夕刊は4人の死刑囚に刑が執行されたと大きく報じています。鳩山法務大臣のとき普段より多くの刑執行をされたことが話題となり、死刑制度の是非、賛否が一層議論されるようになりました。鳩山氏からその苦しい決断の胸内を直接に聞いたこともあります。今回の森法相も同じであったでしょう。死刑廃止論を唱えることは容易いことで、今や国際的にもそちらの方が優勢になったといわれます。国会にもその議員連盟ができています。
  私はしかしそれには与しない。廃止論の人々は今の死刑囚に思いを致し、すでに改悛している、も一度立ち直させるべきだ、から出発しています。しかし死刑の判決をもらうまでには余程の犯罪行為が立証されている。極悪殺人など間違いなく極度に許し難い犯罪を実行し、被害者その人、さらに残された家族知友に終生救い難い傷跡を残しているのであって、これら被害者側の心情を無視して安易に囚人のことだけをいうべきでない。近代刑事法の中に罪刑均衡の考えがあり起こしたことは自分で責任を取ることを諭しており、現在は得てして加害者側の人権を安易に守ろうという風潮に私は敢えて異を唱えています。殺された側の苦しみと絶望をもっと社会が温かく支えてやることがはるかに大事なことと考えています。いわゆる冤罪で無実なのに死刑が執行されては遅すぎると理屈をかざす論者もいますが、戦前戦後の暗黒裁判や冤罪が今時横行しているなど信ずる人も少ないでしょう。私は死刑制度の持つ犯罪抑制効果も依然非常に大きいものと思っています。
  (法律とはいえ)人が人を殺していいのか、これは死刑制度の持つ根源的な命題で、結局誰も答えられない、多分「神」でも答えられない、しかしこの人間社会を救うためにはぎりぎり許される「原罪」とでもいうもの、伏してでも許しを請わなければならないものだと考えます。決断する人には深い深い苦悩と最後の一線を飛び越える勇気が必要だったのです。鳩山氏も森氏も極く近い友人なだけに身の切るようなその瞬間を思わざるを得ないのです。(日記 平成19年12月9日参照)
  

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2009年01月30日

施政方針演説 と国会運営         1月28日(水)

  昨日で漸く補正予算が決着、今日は首相の施政方針演説がありいよいよ本格的に来年度政策(予算)の審議が始まる。野党、民主党の審議拒否戦術も大体手の内が見えてきたので、そう驚くに足りない。強気、強気でいけばいい、なにしろ衆議院絶対 多数というのは使い勝手が非常に良く、正しいと思った政策は堂々と進めていけばいい。
  「国会運営」に関して。国会運営というのは一種独特な舞台回しの分野であって議員なら誰でもわかるわけではなく、余程の修練を積まなければならない。私の場合、国会対策(国対)も長いしとりわけ議院運営委員会の筆頭理事を1年余務めたことが大いに役立っている。党内、官邸、各省、そして野党各党との調整は最早「職人技」といわれる知恵と工夫が必要で、全て相手が生身の人間で看板(立場)を背負っているだけに理屈や理念だけではとても動かない。情とか義理とか、脅しすかしの入り込むことがむしろ普通である。私の国対経験はまだ衆参与党が多数のときだったが、今や参議院の少数を踏まえての国対だからそのご苦労は想像を絶する。大島国対委員長の指揮と精神力にはただ「脱帽」というのが本音です。
  

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2009年01月30日

景気対策予算、野党反対。横綱朝青龍のこと。 1月27日(火)

  野党の無体な審議拒否を抑えながら、ようやく今日補正予算が国会を通過しました。参議院で否決、ということは野党、民主党はこれらの景気対策が反対ということで、この際国民の生活を心配しているのは与党だけということを正確にご理解頂かなければなりません。国会対策上の戦術というには余りにも酷い国民への仕打ちということをしかと見届けて頂きたい。「責任」与党か「無責任」野党かの対立軸がこのようにはっきりするのです。

  横綱朝青龍が見事に優勝しました。14勝1敗、全勝でなく最後の1敗はご愛嬌、そのことで「優勝決定戦」まで見られ、この場所どれほど盛り上がったか、朝青龍の役者振りが際立ちました。翌日の新聞はいわゆる識者達の「反省の弁」のオンパレード。評論家とは楽なものよ、と嫌味のひとつも言いたくなります。  (日記 1月23日参照)
  朝青龍は優勝の瞬間、土俵上で思わずバンザイをした。案の定識者から批判が出た、神聖な土俵で横綱たるものなんと格式を汚す動作かと。私もそのことは見逃さなかった、その上で、まあ、今回だけはさすがに許してあげたらいい。麻生首相が優勝カップを渡し、「やっぱり強くなくてはいけない」と言ったそうだ。語彙の問題ではない、「明るく、強く」という自分の理想像がそこに立っている、ほかにどんな言葉があるというのだ。
  

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2009年01月30日

山形、岐阜県知事選            1月26日(月)

  山形県知事選は自民党系の現職が民主党系新人に競り負けて今日の一番の政治ニュースとなっていた。今の両党の趨勢と見ざるを得まい。ここはただ「忍」の一字、朝の来ない夜はなく、春の来ない冬はないと嘯きながら、とにかく黙々と頑張る事だ。今まで何度このような苦境を乗り切ってきたか。
  岐阜県知事選は自民系で古田氏が楽勝、このことを新聞は殆ど書かない。古田氏は通産省時代の同僚、後輩でけれんみ無く誠実な男で、その彼がこうして国家的な評価を受けることには感慨深いものがある。
  内閣、政党とも支持率がよくない、悪くなっている。予算明けを見よ。

  補正予算の国会審議には動きがあった。民主党が参議院で否決し衆議院に回付してきたが再議決に関して議運でもめており明日に持ち越し。時間の問題だからあわてることはない、粛々と本予算審議に入ればよい。
  

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2009年01月30日

米軍のイラクからの撤退       1月25日(日)

  アメリカでは大統領が替われば見事に政策が変わる。オバマ大統領は基本政策を矢継ぎ早に変えていく。「人工中絶」を容認するという政策変更は、実はあの国では極めて大変なことで日本人にはその大変さがなかなか理解しにくい。(日本では建前は禁止されているが、事実上許されている。)この問題だけでもその政党や政治家が保守かリベラルかの色分けをされるぐらいなのです。
  オバマ大統領はアメリカのイラクからの撤退を決めました。しかしおそかった、ブッシュは早くに決断すべきでした。一昨年初頭アメリカは軍の増派を決めたのですが、その時私は最早撤退するしか道がない、無駄な死をこれ以上出してはならないと訴えました(日記 平成19年1月4日参照)。しかしブッシュは結局自分の退任まで引っ張ってきた。その間どれだけ多くのイラク国民と米軍兵士に傷つき倒れた者がいただろうか。事態は好転もなにもせず、面子は保ったかも知れないが、これらの多くの犠牲者たちは戻ってこない、あの時撤退していれば救われた命がどれほどあったろうか。
  国家の意思は個人の価値や意思と異なることがある。国家のためにはある時は戦場で命を落とすことも強いられる。イラクではその後も米軍は居座り続けた。オバマ氏はブッシュ氏よりも国民の痛みを判る人だと感じています。
  

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2009年01月30日

朝青龍全勝、に思う          1月23日(金)

  閑話休題。大相撲で横綱朝青龍が現在、13日目まで全勝を続けています。世間は今や多分忘れがちですが横綱に対する場所前の評判は極めて悪かった。出場することすらおかしく、論者も新聞も口を究めて「引退必至」と言い放つ。日頃の素行、場所前の稽古振りなどからくる当然の帰結で、普段の鬱憤もあったのでしょう。
  「後付け」(あとから自慢話をすること)で大変気が引けますが、実は私はそんなことはない、あの横綱のことだ、力はあるのだし、そんな心配ないと内心強く反発していました。あの負けん気の性格ではこういうときこそ本領が出てくるものだ。このことをブログに書いて証拠(アリバイ)にでも残しておこうかと思いながらも、あれよあれよと勝ち進み、今日までの活躍になりました。
  だから私は独り、自分の勘の鋭さを誇りたい気持ちだし、逆にあれだけ罵詈讒謗(ばりざんぼう)で決め付けた識者の「反省の弁」(!)でも聞きたいものと思うのですが。であと2日、どうなるか、勘のついでで景気良く「全勝優勝」と打っておきます。
  

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2009年01月30日

消費税議論、党内沈静化          1月22日(木)

  所得税法改正案の中でどの程度「消費税問題」を書き込むか、これが自民党の屋台骨を揺るがせました。今朝の党本部での政調財務金融部会でも大議論となりました。党が分裂するか、など大袈裟なマスコミ憶測もありましたが、自民党はそれほど馬鹿ではない、収まるところに収まった感じです。いわく、消費税を含む税制抜本改革については「2011年度までに必要な法制上の措置を講ずる」とする一方、それを具体的に実施するためには「景気回復の状況」などを見極めて判断する、などと2段階論で対応することとしました。麻生首相は一貫して与党として将来的な財源確保の責任は逃げてはならないとの立場に立ち、一方常識的に今の厳しい経済状況のもとで消費税などに言及すれば景気が更に悪化するという懸念が出てきます。それだけに更なる景気対策を一層進め、かつ行政改革やムダ撲滅を徹底することが必要です。「玉虫色」的解決ということを敢えて否定しませんが、麻生首相の信念と主張をしっかり踏まえながら党内融和も勝ち得たとなると、この消費税議論はむしろ大いに積極的意味があったといえます。
  ただ、国民との関係、選挙への影響については真摯で粘り強い説明が必要で、与党としての責任を国民は本当に理解してくれるか、無責任野党との差別化がどこまで図れるかがこれからの課題になります。
  

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2009年01月30日

『新たな責任の時代』、オバマ新大統領演説  1月21日(水)

  オバマ大統領が就任した。その決意は全地球をおおい、その歴史的真価は今日から試され始める。演説の要旨、
 1、今日から米国再生の仕事を始める。 the work of remaking America
 2、政府は大小でない、機能するかどうかだ。 whether it works
 3、米国は平和を先導する役割を果たす。 a new era of peace
 4、世界は変化している、だから米国も変わる。 we must change
 5、新たな責任の時代となった。 a new era of responsibility
アメリカは世界の指導者で、そのアメリカが再生すれば日本も再生する。人種の壁という多分最も困難といわれた障害を乗り越え、長い長い選挙戦を闘い抜いて今日のオバマ氏がある。それ故に彼の国家と国民を統合する力があり、またその責任も重大である。オバマ大統領の健闘に期待する。
  

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2009年01月30日

地元商工会、麻生首相とエールの交換    1月20日(火)

  福岡県商工会をお連れして麻生首相を官邸に訪ね地元商工会活動への支援をお願いした。元気いい人ばかり10人ほどで首相も大変機嫌良く、参議院予算委員会の合間ではあるが嬉しかったのではないか。福岡出身のタレント(漫画家)長谷川法世氏もメンバーで会がぐっと盛り上がった。いわゆる定額給付金のことも話題になったところで、早く補正予算を成立してほしいとのやりとりになった。

  党本部、政務調査会全体会議。「消費税」の将来的扱いについて大議論が続いた。結果、少なくとも党内議論は収束に向かった。与党とは辛いもので国民に負担を強いることを正直に話さなければならない。そしてそのことが選挙で審判を受けることになる。

  悲しいこと。朝倉市小石原川ダムに関連し市役所の幹部が贈収賄で逮捕された。このダム建設には私が予算獲得などで大いに頑張ったことになっている。事実本当に苦労した。地域の水源管理と環境保全に極めて大事な事業なのだ。この事件、末端の周辺事業関連のようだが悲しくもショックは大きい。早く計画全体が信頼を取り戻してその実現を急いで欲しいものだ。
  

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2009年01月30日

党大会、『限界を超えよ』          1月19日(月)

  昨日は東京で自民党の党大会。選挙近しの緊張の中で盛り上がった大会となった。麻生総裁(首相)も久しぶりに持ち味を出した演説で、彼も次第に自信を取り戻してきたように思う。
  ゲスト・スピーカーにシンクロナイズド水泳の武田久美というオリンピックメダリストが話をした。「限界を超える」というテーマだったが、曰く、人間は無限の可能性を秘めている、ただ持てる可能性の僅か20~30%しか使ってない、残りは全て自己保存本能で勝手な限界を作ってそれを超えようとしない。自分も練習で身を酷使して「限界を超えた」と実感したとき初めてオリンピック出場と銀メダルに達することが出来た。
  毎年の例に従って福岡県人ばかりが集まって昼食の懇談会。夕方、福岡着、会合出席。
  同じ日に民主党も党大会をぶつけてきた。こんなのに負けてはおられない。
  

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2009年01月19日

全国県連幹事長会議             1月17日(土)

  明日の党大会を前に党本部で全国県連幹事長会議が開かれた。暮れに行なわれた県連会議と似たようなものであるが県連組織も一層緊張感が漂い始めた。

  久しぶりに川崎宮前区まで走り川崎市議会議員浅野文直君の新年会(兼10周年大会)に出席しました。浅野君は私の平成2年の初当選後2,3年私の秘書として事務所を手伝い、その後この地区から立候補して当選。3期目に入って今や市議会でも中堅から実力者に成長し議長職も遠くないということで、私としても誇らしい限りです。その昔真面目に勉強しながら私のためによく務めてくれたことを皆さんの前で話しました。私も川崎を出て14、5年になりさすがに顔見知りも少なくなりましたが、車の道すがら懐かしい風景にしばし追憶に浸ったものです。
  

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2009年01月19日

柔道部同志・鈴木を偲ぶ         1月16日(その2)

  久しぶり東大柔道部同志40人ばかりで同級鈴木勝男君を偲んだ。鈴木は昨年4月大阪で亡くなった。昭和39年入学、4年間柔道場で一緒に汗を流した。稽古でも強かったが試合になると滅法勝負強かった。その性あくまでも温厚で思いやりに満ちていた。下級生曰く、原田さん達が怖かったので鈴木さんがいつも庇ってくれたと。懐(ふところ)が深く、接する者にいつもゆとりを感じさせた。バンカラを囃す時代でもあり年齢でもあった。若気の至り、勝っては飲み、負けては飲みと、あちこちで迷惑をかけ「武勇伝」も作ったものだ。
  鈴木は卒業して繊維会社に就職した。ほどなく私の所に背広生地を送ってくれた。私の社会生活は実にその3着の背広から始まったものだ。この年齢になり皆で集まると瞬時にあの血気時代にタイムスリップする。今日は奥さんと立派になった長男君(3人息子)が参加してくれ本当に悲しくも楽しい偲ぶ会になった。最後に柔道部部歌(「東の野に・・・」)をあらん限りの声で歌った。幹事の市橋が例の通り(実に40年以上も)最後は「フレーフレー、スズキ!!」のエールを遺影に向かって絶叫し、そしていい大人たち皆が声を殺して泣いた。
  

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